3/20は四日市の66 でした。移動途中、伊賀市に立ち寄ってランチ。目的のお店が臨時休業でしたが、飛び込んだ洋食レストランが昭和の名店の佇まい。Stork(ストーク)という名前の素晴らしいお店でした。また、寄りたいです。その近くの和菓子のお店[かぎや餅店]に惹かれておはぎを購入。これがまた、凄かった!!調べてみれば350年以上続く老舗の名店!伊賀市は探求の余地が大いにあります! で、四日市に到着。初めてのお店で、店主も僕たちのことを若干警戒気味(冗談です)。お互いに若干の緊張感を持ちながら始まったライブでしたが、ライブ後半にはお互いリラックス。四日市に来たらまたお願いしまーす!!と別れたのでした。 打ち上げは、これも名前に惹かれて入った[三重人]というお店。ここも大当たりで大満足の1日でした...
森山良子さんのコンサートで、横浜市関内ホールでした。 楽屋に用意されていたお弁当が「カルタ弁当」!!嬉しかった〜!! あざみ野「かるた」は、かつては僕が週3回は通っていた地元の創作居酒屋でした。僕の音楽ユニット「coco←musika」はこの「かるた」で誕生しました。思い起こせば「JとB」でも数回ライヴしました。音楽好き、アイデアマンの大将「津山さん」と話しながら呑む時間がこの上なく幸せでした。東日本大震災をきっかけに、宅配弁当を開始、噂が噂を呼び、事業拡大。ついには弁当屋さん「かるた」となり、飲みに行けるお店ではなくなりましたが、こうして楽屋で「かるた」の味を楽しめることは本当に嬉しいことです。津山さんらしさを感じるお弁当です、おいしかった!!! http://e-karuta.net/
さてさて夏休みに入るとオープンキャンパスがあります。というか音大は夏期講習という3日間くらいの勉強会があるのです。 これに高校生のユウヤ少年は出向くことになります。個人レッスンを受け音楽理論の講習を受けます。 地元からはその音大に行く人が3人もいたため、とても心強かったです。 音楽高校やらレッスンをがっつり受けて来た子もいるなか普通高校でなおかつレッスンはこの前スタートしたばかりという音大ナメまくりの僕がビクビクしながら1日なんとかやりきり同郷の友達と夜集合して今日はどうだった??と。 やはり理論が追いつかなくwwwもう仮試験もボロボロだった記憶が。 レッスンではこのまま行けば秋の試験には間に合う。とお世辞混じりで言われたけど。緊張してロクに弾けず。。。笑 練習室ってのがあるから明日いってみ...
僕のいっていた大学の入試制度には 給費という学費免除のための入試がありました。 一般とは別に、学費免除を(ってか学費アホ高いw)目的とした入試。もちろん試験、面接等少しは一般より厳しいのかな?とのイメージでした。 それに向けて、演奏やら理論(目標点数も出ていた)の勉強に明け暮れます。周りはセンターの過去問ばっかり解いていて僕は各音大の楽典の過去問を...!!! たまに一人で勉強してるとこれで大丈夫なのか...??周りに比べる人もいないし...ということで、なんとかみんなの勉強してるスペースの近くで、自分も勉強しまくってこれで大丈夫だと思い込んでいました。笑 都会だと音楽高校っていうものがあるらしくみんなと一緒に大学入試勉強ができたはずです。なんかそれってとても羨ましいなと...!...
さて完全にCDを出したことで地元ではかなりイケイケだぜ自分!みたいに勘違いしていたかと思われます。由哉少年。この勢いで東京にでも行ってみるかと思うわけです。というのも、学校の先輩にギターで東京に行く!と言っている(当時面識なしw)先輩がいて...それも伴いギターで東京!めちゃかっけ〜〜!!!と高校生の僕は思うわけですよね。ただし全くもって東京に行くには何をしたらいいのかわからず。音大???という選択肢がちらほら見えてきます。僕は昔からアーティストのバックで演奏したい!というのが一つの夢でしたので...!! これは音大に行くしかないと!周りに音大に行く人なんて全くいなくて、いうならば東京でる!っていう人も3分の1くらいなのですよね。 そんなわけでまずは資料を取り寄せてみることになるのです。&n...
さて音大に進めば東京にいける?という考えが生まれた僕は...同じ学校の先輩で、ギターで音大を目指しているA先輩がどのように勉強しているかを...まわりの先輩に探りを入れて調べますwwwどうやらA先輩が勉強しているのはアコースティックギターではなく...クラシックギターらしい!との情報が!!当時、押尾コータローさんや吉川忠英さんのギターを真似していた僕はクラシックギターは自分がやりたいことに近いのでは??と思い始めます! 右手はピックではなく指で弾くし、一人で音楽を完結できる!(ドラム、ベースも一人でできるので)ということ...そして地元に一人だけギターを教えている!という先生がいることがわかりました。もちろんA先生もその先生に習っていましたので。そしてお母さんがその先生と知り合いという......
ユウヤ少年クラシックギターを習い始めます。多分習い事自体が初めてかもな感じです。幼稚園の時に教会で少しだけ英語習ったかも...だったような。 というかまずクラシックギターで音大に行きたいとか言ってるのに、楽器持ってなかったんですよねwwwだから最初は友達に借りてずっと練習してました。かなりナメた姿勢で初レッスン。そしてなんとなく弾けた「禁じられた遊び」を先生の前で演奏!なんとなく弾けたというけど、今考えると...本当にひどい状態で聞かせたなと思いますwwまず右手の爪の形から入り本当に弾きかたの基礎の基礎から指導が入りその日は曲の中身に入らず終わってしまいました。あと1年少しで音大に...????本当に大丈夫か????という先生の意見でした。。。 続く。
さて初っ端で出鼻をくじかれる...というより僕のクラシックギターは受験を受けるレベル以前の問題であり、超基礎からやらねばいけず...カルカッシ教則本という算数でいう足し算引き算レベルの超基礎曲からスタートします。 なんせずーっと耳コピばっかりやってきた僕からすると五線譜はまったくもって意味がわからず...あんなにテキトーに弾けていたギターが譜面を前にすると一切弾けなくなります。(これはいまレッスンでも伝えている大事なことで目の情報を意識しすぎると、楽器が全然上達しない) しかし音大にいくには... この五線譜という壁を乗り越えなければいけません。 さらにギターの音列というのはピアノとは違い4度違いにはられた弦が6本(2、3弦は3度)それがバラバラにならんでいます。。。もうこの時点で意味不明!...
さて毎週ギターのレッスンが始まりました。 当時は練習のペースも一日1時間やらと譜面もろくにみないでw耳コピみたいな感じで練習。しかしクラシックって一向に弾けるようにならないのです。右手の運指、左手の運指全てを決めていかないと....音が流れない。そんなこともまだわからずに、毎週レッスンに行くとめちゃくちゃ直されるわけですw p,i,m,aという記号が右手の指(小指以外)に使われます。まずこれを僕は暗記しますがどの記号がどの指を指しているのかも曲を弾くとてんやわんやでパニックにw左手の運指はともかく、右手の運指を書き込め!!と右手も決めないと弾けないのか!!とここで知ります(遅)しかし右手が決まると弾けてくるわけです。そしてもう一つの悩みが指の爪。そして音色の作り方です。なんという...
この説明文を削除して、テキスト入力を開始します。なお、上部の「ブロッククラシックギターはピアノで書かれている二段譜面が一段にまとまってしまっている!というところが...とても厄介であり、慣れればとてもわかりやすい!という仕組みがあります。これが最初全く持ってわからず。なんで音符がこんなにあるのだ!と... 上がピアノ譜下がギター譜です。 きらきら星の二小節ですが... メロとベースはかろうじてわかりましたがその真ん中の音はなんなんだとwwこれは内声だよ!と さて少し細かい話になってきましたね。電車通学していた高校時代は カバンに譜面を入れてよく通学時に譜面を読んで読んで読んで。。。見た目にまずは慣れようと、少しずつ試験に間に合わない!感を実感しだすことになります。笑 続く
ユウヤ少年実は小学四年生から吹奏楽部でしてずっとチューバと吹いてました。 役割的にはバンドで言うベース!ということで別にメロディーを吹いているわけではなくて常にベースラインを吹くという楽器でして!これがギターの低音を弾く時にとても役に立っていたかな!と思われます。 しかし大学入試が近づくにつれギター練習が完全に間に合わない事に気づきます(遅えw) 本当は夏のコンクールに出て引退しなければなのですがその前に野球応援の演奏があり、、、その練習も暑くてしんどいのでwww 先生にその前に引退したい!笑と相談へ。いや本当ギター練習がまじで間に合わなく部活終えて帰って練習...の前に家のソファで寝てしまう。。という毎日になってましたので本当に危機だったのです。 続く。
ということで、顧問の先生に相談して 部活をやめることになります。多分顧問の先生もコイツはいまからクラシックギターを始めて間に合うのか??と思っていたはず。 と同時に、音大試験曲も決まり練習に明け暮れると同時に音楽理論の勉強もスタートさせます。 これがまたまったくの謎なのです!笑ずっと吹奏楽部で楽譜は読んでたはずなのに問題にされるとまったく答えられず一から勉強しなおしている感じで練習、勉強、練習、勉強という日々を。 周りはセンター試験に向けて怒涛のテスト漬けで学校でもセンター試験対策の授業をしてくれていたので 音楽部門はとても孤独でした。もう1人音大に行く友達もいたけど課が違うし、結局一人でなにもかもやっていたなぁと。 土日も高校までいって一人で勉強したりしてました。 懐かしいな。...
さてライブが終わり...!!打ち上げがあるから参加しないかと!(高校生なので打ち上げってものを知らず花火でもあげるのかとwww)ということでみんなでご飯を食べながらお酒を(僕はジュース)吉川忠英さんともお話しする機会を得てギターやってます!と伝えたら...お!若いな!弾いてみ!ということで本人の前で演奏を披露することになります... 多分当時コピーしてたであろう押尾コータローさんの曲を弾いたかと思うのですが...なかなかやるやん!!となりましてw たまたまそこにいた佐藤雄一氏(のちにプチパーティーとしてユニット開始する相手)も弾いてみ!と言われて演奏していて 同じ町にこんなにギター弾ける人がいるのかと!!まずこれも衝撃でして! なんなら二人でなんかできないのか!!と(初対面)打ち上げはさらに...
そんなわけでお店で出会った佐藤雄一さんと その場でセッションをすることに!当時流行っていたDepapepeのSTARTという曲!アコギデュオでMステに出たグループ!の曲をまさかのお互いコピーしていて しかも!お互い違うパートをコピーしたので!!その場ですぐできたわけです!笑これは普通に奇跡!笑 そこでユニットやっちゃえよ!としかもグループ名はプチパーティーだ!と吉川忠英さん命名というわけでお店の名前を借りて活動をスタートするわけです!笑初めてのユニットというか僕にとっては人とギターを演奏するという事が新鮮すぎてとても変な感じでした。ひたすらカセットテープで聴く演奏を真似して真似して。 映像で見るライブの真似をして真似をしてしかしていなかった僕が対人と演奏するという... さてこの先どうなって...
周りに楽器を弾く相手がいなかった僕にはとってもとっても大事件である!ということで人生初バンドみたいな感じで アコギユニットPetitPartyはスタート 雄一さんは車も持っていたので練習は雄一さんの実家。 毎回送り迎えしてくれつつ、本当に深夜まで(当時高校生だったけどwもう時効だろう)練習した。 高校生的にはダメな時間だっただろうけど。ほんと指取れるんじゃないかくらい練習していたな。でもそれが苦ではないっていう事はそれだけギターが好きであり楽しかったという証拠なのであろう。 練習といっても、二人で合わせる練習。合奏だ。アンサンブル。でもこれが僕の基礎を育ててくれたような気がしています。納得いくまで、納得いくまで。録音したり、ひたすら弾きまくる。ま、今考えたらだいぶ遠回りだったんだけど。 これ...
PetitPartyで挑戦したのが地元の楽器屋さんが主催する昔でいうYAMAHAのポプコン的なコンテスト。 の地区大会でした! 北見にあるオニオンホールという玉ねぎ倉庫を改造した ライブハウスがあり、、、僕的には初めてのライブハウス演奏! この日の為に、オリジナル曲を1曲作り、チックコリアのSPAINを コピーしたり...もう人生的に初めてのことだらけで毎日練習しまくり!! めっちゃ古い映像ですが...wwww これはコンテストの映像ではないですが北見で演奏したSPAIN。 いやー映像の画質が悪すぎるwww このコンテストでは優勝できなかったものの ベストプレイヤー賞なるものをいただき 自分たち意外にできるやん? と勘違いして調子に乗り始めます!!! 続く。
さて調子に乗り出したアコギユニット PetitPartyはCD作るぞ!と新たな動きにかられます。 MTRという機会を雄一さんが持っていたので、、、これで録音ができると!確か8チャンネルありました。笑 コンテストのために作ったRush on dreamという曲からまずは録音してみよう!と しかし同時に録音できないのです!笑環境的にヘッドホンも1つしかなく片方ずつ録音をしていくことに! しかし録音していくたびに欲がでてきて、もっとこうしよう!もっとこうしよう!! と意見がでてきて録音しまくります。気づけば深夜3時くらいまで。。。 そこからプレイバックして寝るのは5時。 そんなレコーディング週間をスタートさせてのでした。
さてCDを作るにあたり曲が足りないという事態に!なので曲をさらに作らなければ!とこれも雄一さんとセッションしながらリフを作っていきます! 僕たちは譜面も全然読まない(当時読めないw)ので弾いては覚えて弾いてはおぼえて。といく今考えると本当に効率の悪い作曲の仕方で作りますww そしてできたのがサマーパーティーというなんとも浅はかな曲ww そこでレコーディングでしかできない事もしようと!家にあったキーボードで波の音を入れようと曲のエンディングにいれてみたりフェードアウトにしたいということでバウンスのときにフェーダーでセルフフェードアウトしたりともう録音でしかできない作業をたくさんトライしてみました。 いま考えたらクオリティはとっても低いのですが、、、 まぁ当時は全部が新鮮でとても楽しい作業でした...
ということで この曲がCDの推し曲となることに!3カポで印象にのこるメロディーが続くサビ。 珍しくバラードを作ってみました。この曲は意外とすぐ?作曲。全体的に二人のアイディアを詰め込み作曲することが多い一枚となりました。 そして初のジャケット撮影にw北海道は常呂町の海へ!いまではすっかりスケートで有名になってしまいましたね〜!! ハワイの海で撮ったの?とよく言われるジャケットですが常呂の海でした...!! いま手元にCDジャケット写真がないので... 今度ゲットして載せてみますね〜!! 多分高校生の写真ですwww
